東京高等裁判所 昭和33年(ネ)1541号 判決 1959年9月12日
控訴人 京橋税務署長
訴訟代理人 真鍋薫 外五名
被控訴人 勧業経済株式会社破産管財人 円山田作 外二名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取り消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の陳述した事実上の主張は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴人等は次のとおり述べた。
第一、本件契約は消費貸借であるので、その理由と、控訴人の後記主張に対し左のとおり詳述する。
一、本件の行改処分は違法、違憲の処分である。
控訴人は昭和二十八年法律第一七三号による所得税法改正の際の立法の趣旨及び経過からみて、匿名組合契約及びこれに準ずる契約とは、経済上の目的が商法上の、匿名組合契約に類似し又はこれに準ずる契約をとるすべてのものを包含するのであつて、破産会社と債権者(便宜上以下単に出資者という)との間の契約もこれに該当すると主張する。しかし、凡そ一国の法体系において用語は、それが甲の法令に使われた場合であると、乙の法令に使われた場合であるとにかかわらず、常に同一に理解されなければならない。特に国民に義務だけを課する税法上の用語が国民の日常生活に親しむ法律である民法や商法等の用語と別個に解釈されるのは、許されない。従つて、所得税法上の匿名組合は商法上の匿名組合と同一であると解し、所得税法施行規則第一条のその他以下に規定する契約(匿名組合契約に準ずる契約)の内容は、その前段の匿名組合契約と比較すると、事業者の経営する事業が商法上の営業に限らず、従つて事業者が商人であることを要しないとしている以外は、匿名組合契約と全く同一であると解さなければならない。そして右改正所得税法は商法上の匿名組合契約による利益分配を源泉徴収の対象とし、更に匿名組合契約に準ずる契約より生ずる利益分配をも源泉徴収の対象としたが、消費貸借による果実、すなわち貸金の利息支払については、源泉徴収の範囲には入れなかつた。思うに一つの法律行為が一国の類別する典型的契約のいずれに入るか或はいずれの典型的契約に準ずるかを定めるには誘引行為又は契約文書の表現をも参酌して定めなければならないのは勿論であるが、基本的態度としては、その法律行為の全体の趣旨から当事者の意思を探究して判断すべきであつて、たまたま現われた契約の誘引行為ないしは契約書の一二文言によつてのみ判断すべきではない。まして典型的契約中の甲の契約に属すると認めるのが妥当であり且つ常識であるのに、強いてこれを棄てゝ遥かに縁遠い乙という典型契約に属するとして徴税の対象とすることは、我が国法制の許すところではない。本件において破産会社と出資者との関係は、使用された文言によつても、双方当事者の意思を客観的に判断しても、民法の規定する消費貸借契約そのものであることがよういに理解されるのである。それなのに、控訴人は当事者の契約過程にたまたま現われた投資者及び配当という文言を過大に評価し、それだけで、商法上或は少くとも税法上の匿名組合契約又はこれに準ずる契約であると牽強附会するのは、一方においては事実認定を誤り、他方では税法を不当に拡張して解釈し不法に課税しようとするものである。従つて、控訴人の本件行政処分は租税法律主義を原理としている憲法の規定に違反するものである。
二、損益にかかわらない一定の利率を支払うとの特約について。
(イ) 本件において破産会社と出資者との間の契約の特色の一つは、破産会社は利益の有無にかかわらず、毎月五分という定まつた利率による金員を支払わなければならなかつたことである。出資者は会社の盛衰と運命をともにするのではなく、会社が欠損した場合にも出資金に対する果実はもちろん元本さえも返済を受けるという意思で金銭を破産会社のために出したのである。会社が欠損した場合にも、出資された元本に対する果実の支払を約することは自由であるが、この場合の果実の支払は、利益配当ではなくて利息の支払であると認めなければならない。この点からみても、本件の契約は単純な消費貸借契約であつて、利益の分配を約した匿名組合契約又はこれに準ずる契約ではないことが明らかである。元本の返還を約し、且つ毎月五分という一定の利息を支払うことは普通の営業ではよういではないけれども、一般大衆は銀行預金や郵便貯金をするよりも利殖としては得策であると考えたのであつて、破産会社は大衆の利慾心を巧みに利用したのである。もし破産会社において元本は会社の盛衰と運命を共にし、会社が営業不振の際は返還義務がないこと、たとえば、会社が破産した場合には破産債権ともなりえないような趣旨で契約しようとしたならば、出資者はおそらく出資はしなかつたであろうことは明らかである。従つて、本件の出資は消費貸借すなわち貸金であつたものと解する外はない。
(ロ) 控訴人は破産会社は約定利率(配当率)を一方的に引き下げたし、一方的に約定利率を変更できることは消費貸借の契約の本質に反すると主張する。しかし、本件においては破産会社は約定利率を一方的に引き下げた実例はない。ただ昭和二十八年八月末頃破産会社は北海道で利率を低くして月三分として試みてみたが、不成功に終つたことがあつた。しかも、それは新規契約にきた人についてのみ約定利率を月三分として契約しようとしたのであつて、従前の契約者には満期まで月五分の利率を一方的に引き下げたことはない。また破産会社は出資者に対し約定による月五分の確定利息を支払つていた。
三、決算期に関係のない果実支払について。
破産会社が各出資者から受け入れた元本に対する果実の支払期が、破産会社の決算期に関係なく、各出資者毎に取決められ、単利又は複利計算で支払われていたことは、本件契約が匿名組合に親しまないことを意味し、反面消費貸借の性格を有することの証左である。
四 約束手形の有価証券性と貸金との関係
控訴人は破産会社から各出資者に交付された約束手形は支払決済の証票であつて有価証券性を有しないから、約束手形が振り出されたからといつて消費貸借であるということができない旨主張する。しかし、破産会社に対する出資者である訴外北沢喜代治、坂巻久次、藤田鉄心等は当該約束手形によつて証せられる貸金債権をそれぞれ裏書により訴外吉野和夫に譲渡しており、被裏書人である吉野は右約束形に基いて破産債権の届出(甲第九号証の八)をして債権行使をしているのであるから、右約束手形は有価証券性を有することが明らかである。かりに右約束手形が単なる証券であつて有価証券性を有しないとしても、このことは、本件契約に際し出資者が破産会社に交付した金員が貸金であるとの性質を変更するものではない。結局出資者は破産会社に対し金員の貸付をするに際して、単式或は複式による所定の利息及び元本の支払請求権を取得すると同時にその支払確保のため約束手形金請求権を併せ取得したのであつて、出資者は貸金又は約束手形金のいずれであつても、その弁済を受ければ目的を達するものである。
五、破産会社に対する監視権の不存在。
本件における出資者が破産会社の営業に対し業務執行の監視権を有していたかどうかは、本件契約が匿名組合又はこれに準ずる契約であるかどうかを決する一つの基準である。本件出資者には隠れている営業者として事業に参加する意思は全く有していなかつた。従つて出資者は、商法第五四三条によつて準用される同法第一五三条の監視権のようなものは有せず、反面、破産会社も出資者に対して業務執行状況の報告義務を負担していなかつたのであるから、本件契約を匿名組合又はこれに準ずる契約とみることはできない。破産会社の支払停止後、出資者の間の勧業経済投資者連盟なるものが結成されたけれども、それは各債権者の債権擁護運動に過ぎないもので、本件契約において出資者が監視権を有するからではない。
第二、本件について被控訴人が東京国税局長に対してなした審査の請求について、同局長は昭和三十一年三月二十一日附で被控訴人等の審査の請求を棄却する旨の決定をなした。
控訴人の指定代理人は次のとおり述べた。
一、被控訴人主張の前記第二の事実は認める。
二、匿名組合契約等の意義について
所得税法上の匿名組合契約等の意義については、当事者の一方(以下出資者という)が相手方(以下事業者という)の営業又は事業のために出資をなし、事業者がその営業又は事業から生ずる利益を分配することを約する契約であつて、出資者が十人以上いるものを指称する。従つてある契約が右要件の一つでもこれを欠けば匿名組合契約等ということができないが、これに反し既に右要件を充足している以上は、当事者がこれにどんな特約を附け加えようと、匿名組合契約等というのを妨げない。
(1) 営業又は事業に出資することは、出資者が事業者に契約上営業又は事業の資金に充てられる金銭等を出捐し、事業者が当該金銭等を右営業又は事業に投入するということであり、その他特になんの主観的要素をも必要としない。従つて右事実が認められる限り出資があつたということができるのであつて、当事者間で一定期間後出資金相当額を返還することを特約し、又は出資金は一定期間後事業者に帰属することを特約しても、出資である性質を失うものではない。その意味で、匿名組合契約等は消費貸借特に事業家に対する消費貸借と次の二点において明確に区別される。
まず消費貸借にあつては、借主が種類品等及び数量の等しいもので返す約旨で相手方から金銭等の代替物を受け取る契約である。従つて授受された物が当該営業又は事業に投入されることは、契約の要素ではない。これに反し、匿名組合契約等の出資は、出資された金銭等が事業者の営業又は事業に投入されることが要件とされているから、その限度で、事業者は右出資を当該営業又は事業に投入し営業又は事業を執行する義務がある。
また消費貸借においては、元本の返還義務は契約の要件であるが、匿名組合契約等においては、出資の返還をするかどうかは当事者の自由に定めうるところであつて、この点からしても両契約の差は明らかである。
(2) 利益も分配するとは、出資者に対しその出資をした営業又は事業から生じ又は生ずるであろう利益の一部を享受させることであつて、その給付が営業又は事業を前提とする点で営業又は事業と無関係に支払われる消費貸借の利息と異るのである。換言すれば、利益の分配とは(1) で述べた意味の出資に基いて事業者が出資者に対してなす給付であつて、出資の返還以外のものをいい、右給付の名目ないし記帳経理のいかんにかかわらない。ところで、利益の分配自体はこの契約の要件であるけれども、その方法時期又は割合等は当事者が自由に特約しうるところで、そのいかんによつて契約の性質が変ることはない。たとえば、多数の者から事業資金を集めるため出資を募る場合、これをよういにし且つ計算の煩雑を避けるため、短期の出資契約を結び利益の分配率及び支払時期を予め示して契約することがあるけれども、そのため右契約が匿名組合契約等に該当しないということはできない。このような契約がなされると、一見消費貸借の利息の支払と紛らわしいが、右による給付は既に(1) に述べた意味での出資が認められる限り、利息の支払とは法律上の性質を異にする。
(3) 出資者が十人以上いることについては多く述べるまでもないところである。
(4) 要するに、匿名組合契約等が他の法律行為と区別される要件は、右に述べたように、出資、利益の分配及び十人以上の出資者の三点につきる。もちろん商法典の匿名組合の章には両当事者について出資、利益分配以外に種々の権利義務を規定しているけれども、右規定は当事者間に特約がない場合の当事者の意思を補充するための任意規定であり、匿名組合そのものの要件ではない。従つてたとえば、事業参加の意思いわゆる監視権等の存否その他のことは、ある法律行為が匿名組合に該当するかどうかを定めるについてなんの決定的資料となるものではない。また一定率の利益分配又は出資価額の返還等の特約についても同様である。特に匿名組合契約等と規定している所得税法においては、商法典と異り、右に述べた三要件を掲げているだけであるから、所得税法にいう匿名組合契約とは、文理上からみても右の三要件を具えることが必要であるとともに、右三要件を具えていればそれで充分なのである。
三 破産会社のなした契約の性質について
控訴人は、破産会社と資金提供者との関係は所得税法施行規則第一条に規定する匿名組合契約そのものであり、仮りにそうでないとしても匿名組合契約に準ずる契約であることを主張するものであつて、いずれにしても所得税法上いわゆる匿名組合契約等に当るとするもので、その理由を要約すれば次のとおりである。
(1) 営業又は事業に対する出資の点については、被控訴人もその要件を充たした契約であることを争つていないので、今更喋々する必要をみない。
(2) 次に利益の分配の点については、被控訴人は損失の続いていた破産会社が一定率の金員の支払を約したのであるから、利息の支払であつて、利益の分配でないと主張するけれども、仮りに被控訴人主張のように分配の率が一定していたとしても、その性質が前記二の(2) に述べたようなものである以上、これによつて匿名組合契約等でないとはいえない。すなわち、前記一の(1) のような出資に対して営業又は事業から右金員の分配が行われたのであるから、これを単に元本の利用の対価である消費貸借の利息とみることはできない。
(3) 出資者が十人以上存在することについては多くを述べるまでもない。
四、立法の経緯目的からみて、本件契約が所得税法上の匿名組合契約等に該当する理由について。
所得税法第四二条第三項が昭和二十八年八月新に追加規定せられ、匿名組合契約等に基く利益の分配については、これが支払者をして源泉徴収をさせる旨を規定するに至つた当時の事情、立法の経緯及び目的は、次のとおりであつて、これによつても本件契約が所得税法上の匿名組合契約等に当るものといわなければならない。
(1) 昭和二十四年頃から株主相互金融方式及び匿名組合方式と呼ばれる一種の金融組織が考案され、その数は年とともに著しく増加した。匿名組合方式によつて資金の吸収を行うものには、当時金融界の問題となつた保全経済会のように商法上の匿名組合契約であることを標榜するものと、商法上の匿名組合契約であることは標榜しないが、事業への投資を求めそれに対して高率の配当をすることを約するという匿名組合契約に準ずるものとがある、株主相互金融方式にしても匿名組合方式にしても、このような方式によつて資金を吸収すれば一般大衆から預り金を受け入れたことにはならないから、銀行法ないしは貸金業取締法違反に問われるおそれがないとの考えの下に資金を吸収することができたのであるが、右金融組織に関し当時衆参両院の大蔵委員会において問題となり大蔵省当局は、いわゆる株主相互金融又は匿名組合方式の形態は千差万別で、中には金融法規違反のものもないとはいえないが、一般的にはこれら方式によるものは一見預金に近いような感を与えているけれども、株式又は投資に対する利益の配当を約しているものであり、株式会社に対する株式投資や事業への投資の場合とを区別する理由はない。高率の利益配当を標榜しても、これを信ずるかどうかは、株主となろうとするもの又は事業に投資しようとする人の自由であるから投資家の自警心に委すべきで当局者が監督すべき限りでない旨を言明した。また匿名組合方式による資金の吸収については、関係各省とも協議の結果意見の一致を得た結論としては、商法に規定する匿名組合方式でないとは断言できないこと、従つて、この方式で集めたものは預金又は預金に準ずる資金の受入ではないことを明かにしている。このようにいわゆる匿名組合方式によつて、一般から資金を吸収する形態の法律的意義については、当時衆参両院でも論議の中心となつたが、政府としては、預金又は預金類似のものでなく、利益の分配を目的とする出資契約であつて、匿名組合に当らないとは断定できないとの結論に達したのである。このように匿名組合方式による資金の吸収方法が一般的には金融法規の禁止規定に触れることなく、法律上適法のものとして承認されることが明らかとなり匿名組合方式によつて資金を吸収した会社又は個人が、多数の出資者に対し事業から生ずる利益を分配することになると、その課税漏れを防止し、負担の公平を図るためにどんな課税方式を採つたらいいかが問題となつた。利益の分配を受領したものについて支払の際源泉徴収をすることが、確定申告の段階で他の所得と合算し一時に納税するよりも納税者にとつて便利であり、且つこの種の所得については仮装名義を用いるものが多い実情に徴すると、支払の源泉においてこれを捕捉し、確定申告の段階で清算させることが課税の確実を期する所以でもあるという見解に達した。
(2) そこでいわゆる匿名組合方式による資金の吸収を行うものについては、商法上の匿名組合を標榜するものと、これを標榜しないが事業への投資を求めてこれに対する利益の分配を約するものとを問わず、また損失不分担、確定率による利益の分配というような特約の有無にかかわりなく、すべてこれを所得税法上匿名組合契約等と称し(所得税法第一条第二項第三号参照)、これに基く利益の分配については同法第四二条第三項を新たに追加して源泉徴収の制度を適用することになつたのである。所得税法が正にその適用の対象として予定する本件破産会社のような保全経済会に匹敵する大規模の出資者に対し、利益分配を目的とするものについて源泉徴収が許されないと解するのは、所得税法の右立法の経過及び目的からみても不当である。
五、契約の実体等からみても本件契約が所得税法上の匿名組合契約等に当るという理由。
(1) 被控訴人は、本件契約の本質を決するに当つては契約の誘引行為ないしは契約書の一、二の文言によつて左右さるべきでないと主張する。しかし、これは破産会社が法律顧問の検討を経た上、統一的方針により投資又は出資という名称で広く一般大衆に対し事業の収益から配当を支払う旨の申込の誘引を行い、事業資金を募つて投資契約書によつて企業投資利殖法(エンタープライズインベストメントアンドカンパニー)に当るものとして本件契約を締結していた一連の事実中に現われる投資、配当という文書の意義が、本件契約の性質を直載に示している。にもかかわらず、その重要性を否定している。また、出資者は破産会社が有利な事業を営むものであればこそ破産会社の事業のために金銭を出捐し、絶えず破産会社の事業の消長に関心を払い進んでその事業内容を視察し、破産会社が配当金の支払を停止すると、投資者連盟によつて現に監視権の行使が行われている事実(乙第八十六ないし第九十三号証参照)に目を覆わんとするものである。
また被控訴人は、控訴人が税法を不当に拡張して不法に課税しようとするものであると論議するけれども、控訴人は、税法が複雑多岐な変転極まりのない社会経済事象に対処しなければならないものであるから、合目的、合理的な解釈が必要であると主張するものである、それなのに、被控訴人はこれを誤解し、前記の匿名組合契約等に関する政府の見解及び匿名組合契約等に関して源泉徴収制度を適用することとなつた立法目的をも理解しないものである。
(2) 被控訴人は、本件配当の支払は、(1) 損益にかかわらない確定率であり、(2) 確定率は不変更であり、(3) 決算期に関連のないものであつた点を挙げて、本件契約に基き支払われたものは利息に当り本件契約は消費貸借性を有すると主張する。しかし、それらの事由は、商法の任意性私法秩序での契約自由の原則からみて、本件契約が所得税法上の匿名組合契約等に該当するかどうかを判断する決定的要素ではない。すなわち複利計算及び決算期前の支払も配当金の算出及び支払の一方法であり、また会社欠損の場合には利益の配当は存在しないというが、破産会社の利益計算は、会社の決算に先立ち匿名組合事業から生じた収入から匿名組合員に配当を支払い、その結果剰余があればそれが会社の利益となるのであるから、破産会社が欠損であるとの理由で利益配当はありえないという主張は、一般の株式会社と匿名組合事業との利益計算の方法を理解しないものである。
(3) 被控訴人は、訴外北沢喜代治外二名が約束手形を吉野和夫に譲渡し、吉野が右約束手形に基いて破産債権の行使をしているから、本件約束手形は有価証券性を有していると主張する。しかし、右譲渡は破産債権の届出に際し、北沢が増田弁護士に依頼するために採つた異例の措置で、その故に本件約束手形が転輾流通する有価証券性を有していたことにはならない。すなわち、破産会社は出資金及び配当金の支払を求めるものがあれば、支払明細書に押捺された印鑑によつて支払要求者が正当権利者であることを確めた上、支払明細書と約束手形とを一体として呈示させて支払つていたのであつて、破産会社も約束手形が独立して有価証券性を有するとは考えていなかつたのである。ただ北沢の場合は、破産債権届出に際し自己の名義や、自己が破産会社に出資するについて斡旋をした坂巻久次、藤田鉄心等の名義を表に出すことを嫌つたためであるから、本件約束手形が有価証券性を有していたということはできない。従つて、本件約束手形が存在するからといつて、それが直ちに消費貸借によるものとは断定できない。
(4) 被控訴人は本件契約が所得税法上の匿名組合契約等に当るかどうかを判定する標準として、出資者に監視権があるかどうかが問題であるが、本件ではこのような監視権は存在しなかつたと主張する。しかし控訴人は監視権の存在は、匿名組合契約等に当るかどうかの決定的な要件ではないと考えるが、本件では出資者に監視権があつたものと認められる。すなわち出資者は破産会社の事業内容について関心を持ち、中には破産会社の事業状況について直接視察し、破産会社が配当金の支払を停止するや、破産申請に先立ち破産会社の事業、成績、資産内容等の提示を求め、企業の継続可能性について検討して、投資者代表を破産会社の幹部にしようと策し或は会社事業の移管を要求している。このことは正に投資者連盟の名が示すように、各投資者が一体となつて破産会社に対し監視権を行使したことを示すものといわなければならない。
当事者双方の証拠の提出援用及び認否<省略>
理由
左記の事実はいずれも当事者間に争がない。
勧業経済株式会社(以下破産会社という)が昭和二十六年五月二十六日設立された資本金壱千万円の株式会社で、本店を東京都中央区銀座東八丁目四番地に置き、一、国際貿易に関する業務、二 ゴム製品の製造加工販売に関する業務、三、鉱業に関する業務、四、国内観光事業及び旅館の経営、五、キヤバレー及びカフエーの経営、六、土木建築請負業、七、自動車の売買、八、右に附帯する一切の業務を目的とするものであるが、昭和二十九年一月十四日東京地方裁判所で破産を宣告せられ、被控訴人等三名が破産管財入に選任された控訴人が昭和三十年四月一日被控訴人等に対し破産会社が昭和二十八年八月から同年十一月までの間に支払つた被控訴人等主張の匿名組合契約に基く利益の分配金に対する源泉徴収所得税として金六一、五一一、七八七円及び源泉徴収加算税として金一五、三七七、五〇〇円を徴収する旨の決定をなし、同日被控訴人等にその旨を通知した。被控訴人等が昭和三十年四月二十七日控訴人に対して右決定について再調査の請求をしたところ、同年六月二十一日右再調査の請求を棄却し、翌二十二日被控訴人等にその旨を通知した。被控訴人等は同年七月十六日東京国税局長に対して更に審査の請求をしたところ、昭和三十一年三月二十一日附で右審査の請求を棄却する旨の決定がなされた。破産会社が設立以来破産宣告を受けるまで、ゴム製品の製造販売、観光事業、旅館経営の直営事業及び大同石油株式会社等に対する投資事業等を営み、仙台市六十四ケ所に営業所又は出張所を有していた。破産会社が投資又は出資という言葉を使つて(その実体が貸金であるか又は所得税法上の匿名組合契約等による出資であるかについては争があるが、しばらく措く)申込の誘引をなした。破産会社は資金提供者(以下便宜上出資者という)からの申込があると、破産会社で承諾して控訴人主張のように単式或は複式の契約を締結する方法で資金の交付を受け、出資者から金員を受領すると同時に約束手形を出資者宛に振り出し、単式契約者には一ケ月毎に、複式契約者には、一ケ月間に配当額を投資額に繰入れて複利計算した額を投資額に加算した金額を、契約期間満了のときに一括して支払つていた。
控訴人は、破産会社がその出資者に支払つた金員は所得税法にいわゆる匿名組合契約等に基く利益の分配に当る旨主張し、被控訴人等は右は破産会社が出資者との間に締結した消費貸借契約に基いて出資者に支払つた利息であると主張するから、この点について判断する。当裁判所は、破産会社が出資者に対して支払つた金員は、所得税法上の匿名組合契約等に基く利益の分配に当るものではないと認めるものであつて、その理由は、左記の点を訂正附加するほかは、原判決がその理由の中で説明しているところと同一であるから、原判決のこの点に関する判断(記録八六〇丁から八六七丁裏末行から四行目まで)の部分を引用する。
(イ) 原判決六枚目表最後の行から同六枚目裏二行目までに、「成立に争のない乙第二十四号証、第二十六号、第二十七号証、甲第五号証の一ないし三、第九号証の一ないし十」とあるのを、「原審証人森信雄の証言によつて真正に成立したと認められる乙第二十四号証の一、二、同証人の証言によつて同一原本の存在並びにその真正に成立したことを認められる同第二十六、第二十七号証、成立に争のない甲第五号証の一ないし三、第九号証の一ないし八」と訂正する。
(ロ) 原判決六枚目裏三行目に「同高橋静一」とあるのを、「同高橋新一」と、同十行目に「成立に争のない乙第二十五号証」とあるのを、「原審証人鈴木春一、森信雄の各証言によつて同一原本の存在並びにその真正に成立したことを認められる乙第二十五号証」と、原判決七枚目裏九行目に「利益を生じた否と」とあるのを「利益を生じたと否と」と各訂正する。
(ハ) 原判決十枚目表十行目から十二行目までに「証人大島明夫の証言によつて原本の存在と、その真正に成立したと認められる乙第二十号証、同第二十一号証」とあるのを、「原審証人大島明夫、森信雄の各証言によつて同一原本の存在とその真正に成立したことを認められる乙第二十号証、原審証人森信雄の証言によつて同一原本の存在とその真正に成立したことを認められる同第二十一号証」と訂正する。
(ニ) 原判決十枚目裏二行目から五行目までに「証人青木徳太郎の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第三十号証、第三十一号証、証人鈴木春一の証言によつて原本の存在とその真正に成立したと認められる乙第三十二号証ないし第三十六号証」とあるのを、「原審証人青木徳太郎の証言によつて同一原本の存在とその真正に成立したことを認められる乙第三十号証、原審証人鈴木春一の証言によつて同一原本の存在とその真正に成立したことを認められる同第三十一ないし第三十六号証」と訂正する。
(ホ) 当審で新に提出、援用された乙第八十六号証、第八十七及び第八十八号証の各一、二、第八十九ないし第九十七号証その他の証拠によつても、当裁判所の引用した原判決理由中の事実認定を動かして、控訴人主張の事実を認めることができない。
(ヘ) 各その成立に争のない乙第七十八ないし第八十五号証及び原審証人森信雄、林大造、久田重次郎の各証言を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、昭和二十五年頃より一般大衆から事業に必要な資金を汎く受け入れるために、いわゆる株主相互金融及び匿名組合による金融方式が利用されるようになり、その数は著しく増加するに至つた。株主相互金融の業態は貸金業等の取締に関する法律に基いて所轄官庁に届け出た株式会社組織による貸金業者が、通常増資に際して自己の役員等に株式をまず引き受けさせ、右株式を広く公衆に売却してその代金を割賦で受け入れ、株式買受入に融資を行うか、又は融資を受けないものについては株主優待金を支給するのであり、またいわゆる匿名組合方式による業態は、商法上の匿名組合契約であることを標榜するものとそうでないものとがあるが、いずれも事業への投資を求め、これに対して高率の配当をするものである。株主相互金融方式にしても匿名組合方式にしても、このような方法で資金を受け入れることは、不特定多数のものから預り金をしたことにはならないので、銀行法や貸金業等の取締に関する法律違反に問われないとの考えのもとに盛んに利用されたわけであるが、当時衆参両院での大蔵委員会でこの問題が論議された。政府当局は、右各方式による業態は区々で中には金融法規違反のものもないとはいえないが、一般的にはこれら方式によるものは一見預金に近い感があるけれども、株式又は投資に対する利益の配当を約しているもので、株式又は事業への投資の場合と区別すべき理由がなく従つて株主又は出資者の保護については一般のこれら事業会社に対する株主と、相違する取扱をする必要を認めない旨を言明し、また匿名組合方式による資金の受け入れは、関係各省とも協議の結果意見の一致を得た結論として、商法に規定する匿名組合契約によるものでないとは断言できないこと、従つて金融法規違反といいがたい旨を言明している。かくて右方式による資金の吸収が一般的には金融法規の禁止規定に触れないものとして承認されることが明らかとなり、匿名組合方式により資金を受け入れた会社又は個人が多数の出資者に対し事業から生ずる利益を分配した場合、脱税の防止と税負担の公平の見地からその徴税の方法について検討された結果このような所得については出資者が仮装名義を用いる場合も少くない実情からして、支払の源泉でこれを捕捉して、源泉徴収を行い確定申告の段階で清算させるほうが、確定申告の段階で他の所得と合算して一時に納税させるよりも、徴税の確実を期する所以であるとの見解をとるに到つた。かくして、昭和二十八年法律第一七三号で所得税法の一部が改正せられ、匿名組合契約及びこれに準ずる契約で命令で定めるものを匿名組合契約等と称し、同法第一条第二項第三号同法施行規則第一条において所得税法に規定する匿名組合契約等とは「営業者が十人以上の匿名組合員と匿名組合契約を締結している場合の当該組合契約その他当事者の一方が相手方の事業のために出資をなし、相手方がその事業から生ずる利益を分配すべきことを約する契約で当該事業を行う者が十人以上の出資者と締結している場合の当該契約」を指称するものであることを明らかにするとともに、匿名組合契約等に基く利益の分配については、所得税法第四二条第三項を新たに追加して源泉徴収制度を適用することとなつた。
ところで所得税法第一条第二項第三号、同法施行規則第一条の匿名組合契約等の意義について考えてみると、前段の匿名組合契約は匿名組合員が十人以上存在する点を除いて、その要件は商法上の、匿名組合契約と全く同じでありまた後段のこれに準ずる契約とは、出資者の相手方が商法上の営業的活動をする商人(営業者)でなく、広く事業を行う者であるとしているほかは前段に規定されている匿名組合契約と全く同一であると解せられる。
本件においては、破産会社は高率配当を標榜して一般大衆から事業資金を受け入れ、出資者に対しては確定した率による金員を分配することを約束したものであるが、契約全体の趣旨から判断すると、出資者はいわゆる隠れた営業者として破産会社営業に参加しその利益の配当を受ける意思を有したものでなく、単に出資者の提供した金銭を破産会社に利用させその対価としての利息を享受する意思を持つていたにすぎないと認められることは、当裁判所の引用した原判決の理由の中で説示しているとおりであつて、破産会社が出資者に対して本件契約に基いて確定率による金員を支払つたとしても、所得税法第四二条第三項に規定する匿名組合契約等に基く利益の分配に当らないから、源泉徴収の対象となるものでない。もつとも、改正所得税法の立法の経過及び目的が上記に説示したとおりであり、その目的が正衡を得ているものであることはよういに了解し得るところである。成文法の解釈については立法者の意思は参酌しなければならないが、それに拘束されることなく、法規を客観的に解釈しなければならないのはもちろんである、同一用語が用いられている場合にでも、法律によつてはその意味が異なつている場合は絶無ではなく、たとえば、同じ占有という用語が民法においてと、民事訴訟法第五六六条第一項においては必ずしも同一ではないが、後者はたんに所持と解するのが正しいので、占有と全く異る意味で用いられているわけではない。しかし、このようなことはあくまで例外である。商法上用いられているばかりではなく、一般社会である程度まで常識として用いられている匿名組合又はこれに準ずるという用語を、商法第五三五条以下で定めている要件と上記認定のように法律的には殆んど類似性が認められない会社と相当多数人との間の消費貸借について、これを用いているということは法律解釈の良識としては考えられない。ことに、憲法第八四条で租税法律主義を宣明しているわが税法の解釈としては、とうてい許すことができない。結局のところ控訴人主張のように、その性質が一様でないいわゆる株主相互金融及び匿名組合による金融方式による組織を、すべて一律に匿名組合又はこれに準ずるという用語で律しようとしたことに無理があつたものであるから、上記のように解する外ないといわなければならない。そうであるから、前記所得税法に規定する匿名組合契約等に基く利益の分配との概念を、上記認定の本件のような契約による金員の支払の場合にまで拡張して解釈し所得税の源泉徴収をなすことは許されないものといわなければならないので、控訴人の右主張は採用できない。
従つて破産会社と出資者との本件契約が所得税法上の匿名組合契約等に当ることを前提としてなされた本件源泉徴収決定はその余の点について判断するまでもなく違法であつて取消を免れない。右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条第一項を適用して棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九五条 第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 土肥原光圀)